2018年4月3日

78号 ねりま九条の会ニュース 2018年4月号 P3~P4

大泉学園町九条の会

スタートから半年!

大槻 孝一(大泉学園町九条の会 会員)
「戦争はイヤ」のポスターに名前を載せた知人につられて、昨年の夏から会の活動に参加し始めた。

 一〇月になると「大泉学園町にも九条の会を」とのハガキが来た。一〇月二八日には何と四人だけ。再度の呼びかけで一一月一二日に集まったのは八名。小人数とはいえ初回の倍、取り組みの道筋も付いた。月一回の打合せ会を重ねて、私たちは準備会として歩きを始めた。

 最初の行事は今年一月二八日の実施した朝霞陸上自衛隊見学と中條克俊さんの講演のセットであった。雪の積もった当日、自衛隊見学には六名講演会には一〇名の参加があった。朝霞基地の昔と今、地域とのかかわりを学んだ。

 二月には、平和を育てる大泉9条の会と共催で和田春樹先生の講演会「アメリカ・北朝鮮危機と日本の役割」を実施した。時機を得た企画で一二〇人を超える参加者があった。行事の成功に加え講演会を経験できたことは貴重だった。

 三月四日には、学園町九条の会が呼びかける形で「学園町さくら通りピースウォーク」を企画した。近くの会にも共催で参加してもらった。挨拶には和田春樹先生のほか、新座市「栄・池田九条の会」の和田武男さんなども駆けつけていただいた。出発時の約七〇名も最後には一〇〇人を超えて「憲法九条を守れ、戦争はするな」を訴えた。この行事に向けては、実務上でもいろいろと貴重な経験をした。準備会の旗揚げから未だ半年、ここまでやってこられたのは、特に周りの先輩・経験者の温かい援助のお陰であったと感謝している。ともかく動くことだ。厳しい状況の中、それこそが大切だと実感している。今後は会員を増やし、ねりまの活動の一端を担えるようにしたい。

│さくら通りピースウォーク  

松井 活 (大泉学園町九条の会 会員)
三月四日(日)午後一時から、「九条こわすな 平和を守れ!」をスローガンに、大泉学園町の練馬区立大泉公園(通称都民農園)に集合、集会後、東大泉三丁目にある憩いの丘公園まで一.七キロの道のりを、大泉学園通り(通称桜並木通り)沿いに一時間近く、約百名の人たちがピースウォークしました。この日が会の立ち上げとなる大泉学園町九条の会を始め、平和を育てる大泉9条の会、ねりま大泉町九条の会という大泉地域九条の会が結集し、ねりま九条の会も加わり四会の共催で行いました。

 集会では、市民の声ねりまの岩瀬たけし区議、日本共産党の薬師辰哉区議、地元在住の和田春樹東大名誉教授から来賓挨拶があり、大泉地域に隣接する新座池田・栄九条の会からも連帯挨拶をいただきました。

 大泉公園には、周りより少し高い演台があり、そこにスローガンの横断幕を張り渡して、みんなでコールの練習、少しずつ人も集まってきて、二時少し前のウォーク出発時には、すでに七〇名を超えていました。晴れ上がってはいるものの風が強い中を、和田教授、岩瀬・薬師両区議を先頭に三列の隊列で、各自プラカードやのぼり旗、横断幕などを持ちコールしながら元気よく歩きました。歩道では九条ティッシュ配りも。沿道の歩行者はチラホラでしたが、ここはたくさんの路線が集まるバス通り、信号などで立ち止るたびに、バスの乗客や日曜午後のマイカー車内・沿道のみなさんに憲法九条を守ろうと呼びかけました。バスから何事かと覗き込む人もあって、アピールの効果は相当にあったようです。

 憩いの丘公園では、ねりま九条の会から終りの挨拶、遠く江古田や春日町からの参加など、主催者も予想外の盛り上がりに勇気づけられたとの感想が述べられました。


向山九条の会準備会

│世話人は八〇歳以上、でも頑張っています!

小澤秀子(向山九条の会準備会 会員)
昨年五月に発足して以来、これまでに映画会を一回、講演会を二回、勉強会を一回行ってきました。ねりま九条の会のみなさまに助けていただいて、よちよち歩きながら着実に進んでいるところです。
●三〇〇〇万署名―全戸配布、そして戸別訪問
 向山町は、目白通りを挟んで一丁目から四丁目までが、豊島園の一部を含んで広がる緑豊かな住宅地です。戸数四六六七。現在、このすべての家に三〇〇〇万署名をお願いするべくチラシ等のポスティングを継続しています。

 二月、半分ほど配り終わったところで戸別訪問を試みました。びくびくしながらチャイムを鳴らしました。三、四〇軒ほど訪問しましたが、土曜日のせいか半数は留守、四分の一は関心なし、中には「チラシは入れないで」と大きな声で怒鳴る方もいました。しかし残る四分の一ほどの家では「チラシはみた。ご苦労様」、中には「チラシを読んで署名もした。講演会などに参加したい」と積極的な方もいて励まされました。

 この地に七〇年近く住んでいる方によると「非常に保守的」とのことでしたが、理解してくれる方もいる、とても嬉しいことでした。諦めずに前進しようと勇気が湧きました。

●戦争はいらない、平和を守ろう
 世話人五人は、Hさん宅のリビングに集まって企画を練ります。私たちが誇れるのは、ほとんどが八〇歳以上、つまり戦争体験者だということです。

 Hさんは東京大空襲で丸焼けになって「バケツしかなかった」。家の前で隣組の人たちが〝万歳〞と父親を見送った思い出、警戒警報や空襲警報のサイレンに怯えた日々など、話題は尽きません。こんなこと、子供や孫たちには絶対にさせたくない、戦争は絶対反対、世話人会は、いつもこうした決意で終わります。

 人権派の弁護士、戦没学生の残した楽譜でコンサートを開催している方、「満蒙開拓団」等沢山の記録映画を監督された方など、人材豊富な向山です。皆様のお知恵もいただいて、実りある会にして行きたいものです。